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広報紙『シーズレター』

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シーズネットワークでは、広報紙『シーズレター』を年4回、発行しています。身近で見つけた魅力的な女性たちへのインタビュー記事「働き方 私流」、テーマを設けてアクティブメンバーや一般の方からお寄せいただいたコメントを掲載する特集記事の他、活動の報告、イベントのお知らせなどが満載されています。


働き方 私流 back number

vol.23.2012.1.1発行

「書」をとおして人の輪をつなげたい

中野書道會代表 書道家
中野 千秋さん

福島県出身。実家の温泉旅館で高校卒業まで過ごす。大学では書道ゼミ専攻・書道部所属。卒業後、篆刻(てんこく)を続けながら、市場調査会社・出版社・ディスプレイ会社を経て結婚。2児を出産後、「中野書道會」を開設。書道の指導の他、Shop看板・出産祝いTシャツ・書のカレンダー制作など筆文字を生かす仕事も展開中。多摩市在住。
http://sho-works.jp/


 中野さんの今年のイメージは「輪」

昨年11月19日、聖蹟桜ヶ丘駅から程近い『蓮庵』(中野書道會 一ノ宮教室)で「WAの市」が開催された。多摩地域で活動する作家達の手作りアクセサリーや小物作品、創作菓子、近所のcafeのランチプレートなどが出品され、作り手や来場者がそれぞれに繋がり、それぞれの“和” “輪” “環” “羽” “わ!”を創り出す時間がゆったりと流れた。
 この「WAの市」の企画者が中野さん。書道教室を開設する傍ら、「“書”を身近に取り入れてほしい」という願いから、筆に親しむ企画「筆遊びの会」や自由に書く楽しみを体験してもらうワークショップなども精力的に行っている。落ち着いた穏やかな話し方、さりげない気遣いから、大人の女性を感じて少々緊張もしたが、お話していると不思議にほんわかと心が和んでくる。

中野さんの書道との出会いは小学2年生。「実家が旅館で温泉町に育ったので習い事がしたくてもなかなか無かった。先生から声をかけられて近所の書道教室に友人と通い始めたのがきっかけ」。元々、体が弱かったため中学・高校でチャレンジした運動部は体調を崩して諦め、書道に絞られていった。両親が東京の大学をすすめてくれた時も選ぶ基準は「書道」が学べること。就職も「書」に関わる仕事を探したが、結局、アルバイトをしていた市場調査会社に入社。その後、転職、結婚。仕事は楽しかったが、毎日帰宅が深夜に及ぶハードな働き方を続けられないと思い、妊娠を機に退職した。
 出産後は、「いつか会社勤めに戻る」と思って軽く仕事もした。しかし「これじゃない」「何か違う」という想いがいつも胸にあり、焦る気持ちで悶々としていた。第一子が1歳のときに誘われたグループ展へ「書」を出品して手ごたえを感じたこと、その作品を書いたときの自分の中の大きなエネルギー、保育園で子どもに「筆遊び」企画を実施したこと、第二子の妊娠、様々な要因が幾重にも重なって、でもごく自然に、中野さんは「書」を仕事にすることを決めた。退職から7年後だった。
 心が決まってからは早かった。妊娠中に書の表現者から指導者になるための勉強、自宅の一室を教室とする準備をして、第二子出産後、ついに中野書道會を開設する。
 現在教室は、自宅と一ノ宮の2箇所。4歳から80歳代の生徒さんが楽しく稽古に励んでいる。「日々生徒さん達の成長に寄り添える楽しさに感謝していますが、気付くと私自身を育てていただいていると感じることが多々あります」と微笑む中野さん。
 一ノ宮教室にはもうひとつ役割がある。発表の場がなかったり、次の展開に進めなかったりする人を、『レンタルスペース蓮庵』として教室の空き時間を提供することで「最初の一歩」の後押しをしている。「私も皆さんの助けをいただいてやってこられたから」と。
 今年のイメージとして書かれた『輪』に込められた、中野さんの感謝の気持ちと願いが見えたような気がした。これからも、「書」をとおして広がる絆を心の温まる新しい企画へと展開してくれる予感がする。


蓮庵 -Hasu an-  
教室の開講やアトリエ、持ち寄りパーティーの会場として利用できるレンタルスペース。一見すると古い平屋の戸建てだが、中に入るとプロのデコレーターにより個性的な空間になっている。アクセス:多摩市一ノ宮3-5-26 京王線聖蹟桜ヶ丘駅西口より徒歩4分
問い合わせ:中野書道會 中野千秋 TEL042-371-5525 / 090-5344-4709  e-mail:n-shodoukai@topaz.ocn.ne.jp


vol.22.2011.10.5発行

防災とボランティアをテーマに、まちづくりを支援

多摩市社会福祉協議会
立山 裕子さん

東京家政大学心理教育学科卒業。大学生のときのボランティア体験がきっかけで、のちに多摩社協の職員となる。現在は多摩VCの担当として地域のボランティア活動を推進。シーズネットワーク・防災啓発活動のサポーターとしても参加している。息抜きは、たまに行くロックコンサート。


 災害ボランティアセンター
 設置訓練の様子

華奢で清楚な雰囲気をもつ立山さんは、第一印象とは違って非常に行動的でエネルギッシュな女性。多摩市社会福祉協議会(以下、多摩社協)の職員として、日々多忙な業務を精力的にこなしている。
 現在は多摩ボランティアセンター(以下、多摩VC)に勤務し、ボランティア活動を推進するとともに、地域の防災力向上のためのさまざまな活動を行っている。その取組みの一つが、災害ボランティアセンター(以下、災害VC)の設置・運営だ。
 8月27日に聖ヶ丘中学校で催された多摩市総合防災訓練では、災害VCの設置訓練を担当者として運営。高齢者や障がい者など要援護者をどうサポートするか、安否確認、自宅から避難所への誘導などを体験した。

「いざというときに、地域の自治体や関係団体とどのように連携し、協力しあうかも学んでいます。まだまだ試行錯誤です」と立山さん。 
 大学4年生のときに、多摩VCで紹介された「夏のボランティア体験」というプログラムに参加したのが、立山さんのボランティア・デビュー。その年の1月に阪神・淡路大震災が発生し、「ボランティア元年」とも呼ばれた1995年のことだ。自分に何ができるのか、戸惑いながらの参加であったが、高齢者や障がい者と接し、「その人らしく暮らす」という福祉の世界に深く興味をもつ。
 その後、立山さんは就職活動の合間にもボランティア活動を続け、大学卒業後には多摩社協の臨時職員を経て、正規職員として採用。心身障害者通所授産施設に配属され、作業訓練や創作活動などを通じた社会的自立の支援に携わってきた。ボランティア活動をきっかけに芽生えた「障がい者福祉に携わりたい」という立山さんの希望は、こうして叶ったのである。
 多摩社協では、全国規模のネットワークを活かし、市外で起こった災害に対しても支援力を発揮している。東日本大震災においては、街頭募金のほか、市内における救援物資の受付・仕分けを行うボランティアの調整や、関係機関の協力を得て宮城県石巻市に復興支援ボランティアを派遣(6月17日から約1ヶ月間、12クールで延べ108名を派遣)。被災地では、がれき撤去や家屋・側溝の泥出し、カキの養殖作業支援などにあたった。「現地の方々との関係を築きながら継続した支援を行うことで、漁業再開に向けた漁師さんの想いが少しずつ叶えられていきました。その過程に携わることができて、集結した人のすごさを感じました」と立山さん。
 また、プライベートでも旅行会社のボランティアバスなどにも参加し、一人ひとりの力がどうしたら被災地の力になるのかを考えたという。
 最後に、「普段から同じ思いをもった人たちと連携・協働し、活動を積み重ねて行くことが何より大切です。たとえば、要援護者を交えた話し合いや防災まちあるき(※)など、できることはいろいろとあります。また、住んでいる地域では災害に備えた“顔の見える関係づくり”が不可欠。多摩VCの職員として、そのためのさらなる仕組みを考えていきたい」と立山さんは熱い意欲を語った。


※防災まちあるき
防災という視点で地域を歩き、危険箇所や防災資源を発見する取組み。地域のさまざまな人と出会うことで、いざというときに大切な「人と人とのネットワーク」を作ることができる。

多摩市社会福祉協議会  http://www.tamashakyo.jp/
社会福祉法に基づき、地域福祉の推進を目的として設置された民間の非営利組織。誰もが安心して暮らすことのできる、支え合いによる福祉のまちづくりを目指してさまざまな事業を行っている。多摩市総合福祉センター内(南野)と東永山複合施設内(永山)の2箇所にボランティアセンターの窓口を設置。


vol.21.2011.06.25発行

産後女性に身体のリハビリの大切さを広めたい

NPO法人マドレボニータ認定 産後セルフケアインストラクター
野村 智子さん

2009年国分寺市矢島助産院にて長女を出産後、NPO法人マドレボニータ産後セルフケアインストラクター養成コース5期生として学ぶ。2011年2月より「産後のボディケア&フィットネス教室」聖蹟桜ヶ丘クラスを毎週火曜日午前、レンタルスタジオプラーナにて開催中。
2歳の娘、夫とともに日野市在住。

http://plaza.rakuten.co.jp/niagara6618/


産後のボディケア&フィットネス
教室の様子

明るい太陽のような笑顔が印象的な野村さん。彼女が行う「マドレボニータの産後ヘルスケアプログラム」は、バランスボールエクササイズによる有酸素運動、シェアリングとよばれるコミュニケーションスキルを高めるワーク、日常に活かせるセルフケアによって構成されている。産後女性に必要なのは「ダイエット」ではなく「リハビリ」だとして、心身の健康の大切さを広めるべく活動中だ。
 大学では写真を学んだ。卒業後はアルバイトなどをしながら、物撮りのカメラマンをしていた。そんな彼女に、友人から「出産時の写真をとってほしい」との依頼がはいる。20代で出産経験もなかった彼女にとって、助産院での撮影は刺激的で、「出産ってオモシロイ!」と思えた。

当然のように自分も同じ助産院で出産。出産についてはいろいろと調べて臨んだが産後のことについては未知のまま。育児グッズを揃えただけで産後の生活を迎えた。
  活動的な野村さんにとっては、自由に動けない「退屈」な産後1カ月。それを過ぎるとベビーヨガ、ベビーマッサージ、ピラティスなどの講座に出かけまくった。ところが、生後6ヵ月頃から我が子が動き回るようになるに従い、自分の思い通りには出かけられなくなる。とたんに気分が落ち込み始め、このままではいけないと危機感を感じた。夫はといえば、赤ちゃんのいる生活に戸惑い、泣きまくる赤ちゃんをもてあまし、「妻」から「母」になってしまった(ように感じられた)パートナーへの不満を抱えていた。夫婦でお互いの思いを共有する余裕がなく、夫婦関係もうまくいかなくなってしまう。そんな時期にマドレボニータの産後クラスに参加し、その理念に共感。産後女性の身体をケアすることは、心のためにも大切であることに気づいた。夫とコミュニケーションをとっていくには、妻自身に体力が必要なのだと思い至る。同時に「これからの自分」についても考え始めた。
  体を動かすことが好きだった彼女は一念発起、マドレボニータの産後セルフケアインストラクター養成コースを受講。通信教育のカリキュラムは毎週課題があり、かなりハード。必然的に夫の家事、育児の協力なくしてはこなせない。なんと養成コースには、「パートナーに協力してもらう」という課題も入っているのだ。子どもの保育環境の確保も必須条件。「好きだから」「育児の合間に」という気持ちでは受講できない。現場研修を経て、今年2月、教室をオープンした。
  「3~4か月児健診で母親の体を動かす時間がつくれれば」とか「助産院で妊婦さんや産後の方へプログラムを提供したい」など、夢は広がっている。今は自分の活動する地域で「産後ケアの大切さ」を広めるべく、教室の告知広報を頑張っているところだそう。子育て支援は数多くあるが、産後女性の体のケアの支援は少ない。心身ともに健康な「美しい母」を増やして、子どもや家族の幸せにつなげるよう頑張ってほしい。


vol.19.2011.01.01発行

「何かやろう」と仕事に打ち込むうちに、やりたいことが見えてきた

Love&Peaceな服と雑貨たちmakiras(マキラス)代表
中西 景子さん

神奈川県出身。2007年4月makiras設立。アジア途上国でオリジナル雑貨の製造、輸入、国内の障がい者支援工房で委託製造した雑貨の販売を行う。食育アドバイザー。マクロビオティクセラピスト。1歳の娘、夫とともに八王子市別所在住。

http://www.makiras.com/

アジアンテイストな服とアクセサリーが似合う、いい意味でママっぽくない雰囲気をかもし出している中西さん。仕事以外に「ママキラス」というママサークルの運営もしているエネルギッシュな女性である。
 4~5歳の頃から「なんで私という人間はここにいるのだろう」と、「ここにいる意味」がわかる本を図書館で探したというおませな子どもだった。中西さんが起業を考え始めたのは20歳の頃。漠然と「何かやろう」と事業を起こすことを目指す。そのために「何か」に繋がるようなアルバイトを掛け持ちしまくり、何ができるかを探した。その仕事ぶりはアルバイトながら、アパレルショップの店長を任されるほど。

そのうちに「海外」に行くことに興味がわき、国際交流NGOピースボートにボランティアスタッフとして乗船することを目指す。ところが「お金をもらいながら海外に行ける仕事」を転職情報誌で見つけ、卒業1ヶ月前にアルバイトで入社(卒業式はちゃんと出ました!)。婦人服卸業の会社で「3年間頑張る」と決め、将来のために出来る仕事は全部やろうと計画的に仕事を学ぶ。しばらくして正社員へ昇格。ショップの仕事で実績が認められ、その会社では前例のない女性バイヤーとなった。1週間おきにインドネシア、タイ、インド、ネパールへ出張し、買い付けや商談の日々。アジア各国の工場主との顔もつないだ。
  予定通り3年で退社。すぐに個人でアジアへ飛び、前職のつながりを活かして婦人服や雑貨、オリジナル生産品をいきなり仕入れる。1人暮らしのアパートに届いた200㎏もの荷物を見て、「これをお金に換えなきゃ生活できない」と一瞬不安に。100件回って取引先を開拓しようと、キャスターバックに何十㎏もの荷物を詰めて営業に回り始めた。若くして1人で事業を始めた中西さんのことを福生や下北沢の商店のおじさんたちは面白がり、50件程度回ったところで最初の仕入れ品を売りさばく。もちろん商売は順調なばかりではない。不況で取引先が倒産したり、出張先の海外では危険な目にあったりしたが、前向き、楽天的な性格で乗り切った。
  makiras立ち上げ後は、パルコ各店や多摩センター三越などにも期間出店して小売業も始める。多いときには3店舗で10人のスタッフを雇っていた。産前産後も店に立ち、授乳をしながら売上高を気にする毎日。次第に子育ても仕事も中途半端になる自分が嫌になり、産後4カ月の頃に出店をストップした。現在はネットショップ、卸、委託販売、単発のイベント出店販売を中心にしている。保育所の入所待ちのため、仕事は自宅で子どもが寝ている間にしたり、子連れで打ち合わせに行ったり。イベント出店も無理のないスケジュールを組んで家族で参加。アジア各国への出張もしばらく控えている。
  妊娠をしてから自分が変わったという。それまでは全て自分でやっていた仕事の荷物運びを夫に頼むようになったり、スタッフに店のことを頼めたりするようになった。子育ては大変というネガティブな話を周囲から聞いていたので、「すごく大変」なんだと思っていたが、実際に産んでみたら楽しいし、毎日笑顔になれる。こんな楽しいこと優先しないわけにはいかないと思い、自然に家族中心の考えになり、仕事の仕方も変わっていった。
  今は子ども優先だが、今後は仕事で社会貢献しながら事業を成り立たせたい、社会と関わりたい子育て中のママが働ける仕組みや活躍の場を作りたい、とのこと。これまでも自分の興味の向く方向へ事業をシフトしてきた中西さん。今後も自然体でmakirasを育てていくのだろう。


vol.18.2010.09.25発行

「子育て」をキーワードにまちづくりを提案

NPO法人はままつ子育てネットワーク ぴっぴ 理事長
原田 博子さん

2006年NPO法人はままつ子育てネットワーク ぴっぴを設立。子育て中の親の視点を通して様々な事業に関わりを持っている。また、キャリアカウンセラーとして、若年者就職支援、再就職支援にも関わり、現在、母親のハローワーク「マザーズサロン」にて子育て情報提供などの相談も行っている。浜松市在住、高校生と中学生の2児の母。

猛暑が続く8月。静岡県浜松市の「浜松市子育て情報センター」を訪ねた。原田さんが理事長をつとめる“NPO法人はままつ子育てネットワーク ぴっぴ”を知ったのは、シーズネットワークの防災活動のためにインターネットで情報収集をしていたとき。サイトで紹介されていた防災ワークショップが楽しそうだったので「私も体験したい!」と早速ラブコール。原田さんと何度かメールのやり取りを重ね、多摩市での防災ワークショップ実施とインタビュー取材の快諾をいただいた。上品で柔らかな物腰、穏やかに、でもハッキリと話される原田さんの、事業を展開するパワーはどこからくるのだろうと、お話をうかがうのが楽しみだった。
 15年前、第一子が2歳の時に夫の実家の大分県から浜松市へ引っ越し。「子育て施設は無い、子育ての情報は手に入らない、友人も親戚も、浜松には何もなかった」。友人が欲しくて通った育児サークルの集まりのたびに、子どもは家に帰りたいと機嫌を悪くし、他人とふれ合う時間は限られていたとか。その頃を思い返す原田さんの言葉には、日々募る孤独感が浮かび上がる。だが、市民活動をしている友人に出会い、「母親たちが中心になり自分たちの意見を行政に提案する」サークル活動に参画していくようになる。

NPO法人はままつ子育てネットワーク ぴっぴ
http://npo.hamamatsu-pippi.net/
静岡県子育て支援NPO法人立ち上げアドバイザー。浜松市中区協議会委員。H20年度静岡県男女共同参画社会づくり活動に関する知事褒賞受賞。著書:地域メディアは地域を変えられるか(共著)

「市民活動一筋ですか?」と尋ねると、「パートもしたのよ。社会復帰したかったから」と笑う原田さん。第二子の出産や入所困難な保育所事情などもあり、社会復帰よりも市民活動を深めていったのかもしれない。その後、「浜松子育てネットワークPippi“ぴっぴ”」を結成。2005年に浜松市が市民団体と協働で立ち上げた子育てポータルサイトの構築で、プロジェクトリーダーをつとめたことがきっかけになり団体を法人化した。
 市民の要望を踏まえて、情報が探しやすく分かりやすい言葉で表現されたそのサイトは「日経地域情報化大賞」の「日本経済新聞賞」ほか多方面から多くの賞を受けた。受賞後、招かれて「地域の情報化」と「子育て支援」を結んだ効果などを様々な場で話すと、「子育ては女房がしていたから」と、子育てする時間もなく仕事をしたことを「誇り」のように発言する保守的な意識の男性が多いことに、原田さんはもどかしさを感じた。
 「まちづくりに子育ての視点は必要なのに」という強い気持ちが、原田さんの中に固まった。行政の防災対策に欠けている、子どもや女性のための防災スキルを「防災ワークブック」としてまとめ、ワークショップとともに各地で実施。また、ベビーシッター養成、託児付き乳がん検診の推進事業、「子育てタクシー」への支援など、行政や企業とともに子育ての視点が入ったまちづくりを提案し続けている。10月には専門学校との協働で、女性の就労と待機児対策支援として、保育士や幼稚園教諭の再就職支援講座も開催する予定。「NPOのお金、情報、人脈(ネットワーク)は『人』によってもたらされるもの。色々な人たちと共通目的をみつけて事業を作ることで、関わる人を増やしていきたい」と話す原田さん。事業意識の高い理事やスタッフとともに、次の事業を思い描いているように見えた。


vol.17.2010.06.20発行

人と人とをつなげていきたい

誕生学アドバイザー
村本 絵吏 さん

法政大学社会学部在学時より、出産・食・心の関係に関心を持つ。卒業後、渡英。ベジタリアンレストランにて研修。帰国後、料亭勤務を経て、結婚、出産。2009年日本誕生学協会認定誕生学アドバイザーとして活動開始。2010年サロン「ココカゲン」をスタート。お母さん業界新聞お母さん記者(MJ記者)としても活動中。2男1女の母。稲城市在住。

http://ameblo.jp/yurijunu/

 誕生学アドバイザーとして都内・多摩地域で“誕生学サロン”や講師活動をしている村本さんは、6月から、「ココカゲン」(ココロとカラダがゲンキになる空間)というサロンをオープンさせた。週2回開催のサロンには、自身のマタニティブルーやこれまでの経験から長年あたためてきた、「人と気軽に会話でき、笑顔になれる場、妊娠中や育児中でも社会とつながっていられる場があったら良いな」という思いがこもる。オープンのきっかけは友人からコミュニティスペースとして利用できる民家の情報を聞き、すぐに代表者へメールしたことだった。村本さんの思いと「世代を超えた交流」を目指していた代表者の志が重なり、とんとん拍子に話がまとまった。本人いわく「思い立ったらすぐ行動!」の人だとか。
 村本さんは中学生の時から冷え性・生理不順に悩んでいた。大学時代に「このままでは赤ちゃんを産めないよ」と医師から言われた一言が自分を見つめ直すきっかけとなった。漢方薬やマクロビオティックを学んで体質を改善。冷え性から解放され体調の良さを実感したちょうど同時期に、望まぬ妊娠で産まない選択をしたという報告を友人から聞き、「命って何だろう?」と深く考えることに。そのとき出会った“バースエデュケーター”(出産準備教育)という言葉が、後に村本さんと誕生学をつなぐことになる。

 誕生学ってなあに?
「生まれてきたことが嬉しくなると、未来が楽しくなる」をコンセプトに、自分がどんな風にお母さんのお腹の中で成長してきたのか、どんな力を使って生まれてきたのかを年齢に合わせた表現と内容で伝えるライフスキル教育プログラム。
日本誕生学協会http://www.tanjo.org/index_2.html

その後、結婚、出産を経て専業主婦として過ごす。長女が幼稚園に入園すると、「社会とつながりたい、何かやってみたい」と、友人同士で特技を教え合うサロンを自宅で開催した。第3子を妊娠した時には「妊娠中だからできること」をやりたいと、ユニークな勤務体制で女性の就労を支援する授乳服の販売会社「モーハウス」へ就職。さらに誕生学アドバイザーの資格取得を目指すことも決め、産後1か月から養成講座を受講開始。ほどなく復職もする。赤ちゃんと一緒に表参道へ通勤しながら、上の子どもの世話や家事、夜は誕生学のレポートを書く生活。「産後は活字も読みづらい時期。大変だったでしょう?」と問いかけると、「なりたい目標があったので走れていた」と微笑みながら答えてくれた。

村本さんの背中を押したものがもう一つ。パン屋で、ふと手に取った「お母さん業界新聞」(トランタンネットワーク新聞社発行)に書かれた、「お母さんはスゴイ!」の言葉だった。日々の子育ての中で感じることを発信し、お母さんの視点で社会を見つめていくことに共感。すぐにお母さん記者(MJ記者)に登録した。そして今年5月、内容、紙面構成、記事の執筆から印刷・配布までを一人で担当する「地域版」を発行。B4サイズ両面、白黒の「稲城市版」は、お母さん業界新聞本紙に織り込む形で多摩地域に配られた。取材を通して地域の人とつながりやすくなったと村本さんは感じている。ただ住んでいるだけではない、一歩踏み込んだ関係が出来はじめているそうだ。
 「人と人をつなげていきたい。まずは、お母さん達から。すごいお母さんがたくさんいるので、つながっていけば活気があふれると思うんです」。お母さんや地域を紙面でつなぐ「お母さん業界新聞 稲城市版」と、顔を見ながらつながる場「ココカゲン」、村本さんの心の柱「誕生学」。これまで母として社会人として培った経験のすべてが、いま結実している。ほんわかした笑顔、ゆったりとした話し方や仕草から醸し出すおだやかな雰囲気を裏切る数々の出来事の先に、これから何が起こるのか、目が離せないと思った。


※サロン「ココカゲン」
民家クラブハウス リヴァイヴ(多摩市乞田1347)で毎週火・金曜日開催。午前の部(10時~12時)/お昼時間(12時~13時)/午後の部(13時~15時) 日替わりお昼ごはん要予約。参加費500円(1日参加の場合は800円)。「誕生学サロン」も定期的に開催。
問合せ:srnsf227@ybb.ne.jp/090-4423-0030(村本)


vol.16.2010.03.20発行

好きなことを仕事にできていることが何より幸せ

イラストレーター
大友 美貴さん

北海道出身。埼玉県飯能市にある「自由の森学園」1期生。北海道のフリースクールで約20年間スタッフとして働く。その後、東京に移り住み結婚。現在はイラストレーターとして活動中。1歳の息子、夫とともに多摩市馬引沢在住。

シーズネットワークが「赤ちゃんや幼児がいる家庭の防災ハンドブックABo(アボ)」を制作するにあたり、表紙や中面のイラストを依頼したのが大友美貴さん。そもそも彼女と出会ったのは2年前。ミュージシャンでありマジシャンの夫・大友剛さんに親子向けクリスマスコンサートを依頼した時に、その告知ポスター作成を担当してもらってからのお付き合いである。
  小さな頃から絵を観たり、描いたりするのが大好き。「大きくなったら絵の仕事をすんだ!」と決めていたという美貴さんだが、小・中学校の美術の授業は大嫌いで、作品を完成させられず、提出できなかったこともあるとか。しかし、家に帰れば、絵を描かない日は1日もないくらい、一人で絵を描いていた子どもだった。その後、実家の母親が札幌で登校拒否や引きこもりの子どものために立ち上げたフリースクールでスタッフの仕事をしながら、活動のお知らせや、フリースクールで本を制作する際のイラストを描く。当時フリースクールはマスコミにもよく取り上げられており、そんなマスコミとのつながりから、新聞や雑誌に似顔絵やイラストを描くなど、絵の仕事を時折やっていた。  

フリースクールで音楽を通して子ども達と関わっていた剛さんと出会い、結婚。現在は夫の実家のある多摩で、主に夫のライブ活動の告知チラシやCDジャケットのイラストの仕事をしている。2009年には高円寺のカフェや六本木の焼酎バーで個展の開催も。でも、「個展は『やらせていただきました…』くらいに書いてください」と、自分の活動のアピールについては謙虚なのだ。
  シーズネットワークの「ABo(アボ)」制作にあたっては、リアルに災害現場を表現してもらいたくて何度も修正のやり取りを重ねた。「赤ちゃんを抱え、他の仕事も重なって忙しい中、修正が多くて大変な思いをさせてしまいましたよね」と言うと、「仕事で関わる人に意見を言ってもらえるのは楽しい。自分の感覚を育てる肥やしにしています。」と返してくれた。時にはすんなりとは受け入れられない修正指示もあるが、自分の感覚や意見を表現しながらやりとりを重ねるうちに理解しあえる、その過程までもが楽しい作業なのだと言う。「好きなことを仕事にできて幸せです」と穏やかに微笑んだ。

  
ジャケットイラトストを担当した、大友剛さん演奏の最新CD「ピアノできくこどものうた」(キングレコード)

息子が生まれて1年。仕事の時間がまとまって取れない分、時間の割り振りをし、集中して取り組むようになった。今は我が子が成長していく中で新しい個性をはぐくめる立場にいることにワクワクしているという美貴さんの将来の夢は「絵本をつくる」こと。その構想はすでに自分の中にある。「フリースクールで既存の学校の枠にハマらない多くの若者と関わってきました。彼らの感性や、物の見方を表現できる絵本が描きたい。」とのこと。おっとりした中にも、一本芯が通った雰囲気を感じさせる彼女の「絵本作家デビュー」が楽しみだ。


vol.15.2010.01.05発行

自然に近い暮らしから、生きる力を身につける

防災・防寒コーディネーター
あんどう りすさん

東京都出身。阪神・淡路大震災の被災経験とアウトドアの知識を生かした、防災・防寒コーディネーターとして全国で講演活動を展開。カナダ政府公認子育て支援プログラム「Nobady’s Perfect Japan」認定ファシリテーターとして子育て支援にも関わる。アウトドアライターの夫と息子、犬とともに埼玉県飯能市在住。

1995117日夜明け前、ゴォーッと響く地鳴りのような音で目が覚めた。とっさに「地震!」と感じ、布団を持って学習机の下へもぐった途端、ものすごい揺れ。立てない、動けない、なにもできない。「死ぬかもしれない」という恐怖を感じた瞬間だった。
 この阪神・淡路大震災の体験が、弁護士を目指して大学の法学部で学んでいた彼女の人生観を変えることに。一番大切な「生きる」すべをなにも知らなかったことにショックを受け、自分の命をどうやったら守れるかを知りたくなった。そこで、もともと好きだったアウトドアの世界で、フリークライミングやカヌーなど、生きるために体を使うスキルをあげることに意識的に取り組むように。一方で、妊娠してから命の重さをさらに感じて、司法試験のための「刑法」を学ぶことがどうしてもつらくなってしまう。司法で「事後的な救済」をするのではなく、何か起きる前に、命を守るために今できることをしたい、という思いも強くなった。出産後、「この子の命を守る」ための工夫と実践を、自身が出産した助産院で経験をもとに話した。それが今に続く講演活動のきっかけとなる。

 
あんどうさんが背負っているリュックサックの中から出てくるグッズは、厳選された必要最小限のものばかり。普段持っているママバックを防災対策仕様にする、アウトドア用レインウエアを普段着として親子で使う、というような子育て中の体験に基づく実践的な内容を通じて、「防災に大事なのはグッズではなく、自分がどちらに逃げたらいいかを判断できる能力」、「物の使い方を発見できる自分になる」、「一番強いグッズは自分」などの防災に対する考え方を、講座や著書で伝えている。「防災に関してならどこにでも行きます!」という彼女の防災講座は、口コミで広がり、全国から依頼が舞い込む。アウトドアメーカーに「アウトドア素材を使用した布おむつを作って欲しい!」という企画提案もして実現させた。
山と渓谷社「震災を生き延びる100の知恵」第7章、自然育児友の会「ちいさないのちをまもるママのためのナチュラル防災講座」著者http://plaza.rakuten.co.jp/risurisurisu/

「赤ちゃんからできる川遊び講座」のようなアウトドア講座も開催しているという彼女と一緒に、山や川で遊んだらすごく楽しそう!と思わせる、明るいオーラを放っているあんどうさん。日々の生活は、畑で野菜をつくり、梅干を漬け、味噌を仕込み、大根を干して沢庵をつけるような、ナチュラルライフ。かつて共に司法を学び、今は弁護士となった友人達にもうらやましがられるとか。

 そんなあんどうさんの講演会をシーズネットワークが多摩市で開催します! 乞うご期待。

  

防災グッズ

vol.14.2009.09.20発行

「私らしい心地よさ」を大切にして欲しい

合同会社『私の心地よさ』代表
紀乃 のりこさん

山梨大学卒業後、上京しIT企業に就職。システムエンジニアとして6年間勤める。2006年、合同会社『私の心地よさ』設立。ベビーマッサージ教室やおしゃべりサロン、育児生活講座や相談、キッズ英会話教室などを開催。育児生活コンサルタント、日本誕生学協会認定ベビーマッサージ講師。1歳の息子と夫とともに多摩市鶴牧在住。

http://watacoco.com/

 取材のため「わたここオフィス」を訪問すると、紀乃さんの笑顔とともにやさしいアロマの香りが出迎えてくれた。「どうぞ」とすすめられたお茶は、ほどよく冷えた「わたここ」オリジナルブレンドのオーガニックハーブティ。会社名に違わぬ心地よさだ。
 合同会社『私の心地よさ』の設立は4年前。設立当初は他社からベビーシッターサービスの東京エリアマネジャーを請け負う。妊娠、出産を挟んで産後4ヵ月から、わが子を連れてベビーマッサージ指導を始めた。「病気もぐずりもしない、いいモデルだった」という息子さんは、今はモデルを卒業()し、保育園に通っている。

山梨県出身の紀乃さんは、山に囲まれた盆地の中で、「早くここを出たい」と願っていた。しかし東京への大学進学は叶わず、地元の大学へ。就職で上京。大手企業で月の残業時間が100時間を超えることもあるハードワークをこなし、休日はバイクを飛ばして活動的に過ごした。でも「いい大学」や「いい会社」に入っても「幸せ」を感じられなかった。ずっと必死に頑張ってきたのになぜ? ずっとこのままなんて嫌! これから私はどうしたらいいの? 答えを求めて自分をしっかり見つめ始めた20代後半、会社を辞めて起業を目指す。先輩に「やろうと思ったときがベストタイミング」と背中を押してもらい、1人で起業。結婚直前だった婚約者に「会社をつくる」と言ったら、「いいよ! 」とあっさり賛成。好きなことを仕事にしている彼にとって、やりたいことを仕事にしようと挑戦する彼女を応援するのは当たり前のことだったそう。

  

「わたここ」
ベビーマッサージ教室の様子

起業するエネルギーはどこから来たの? と聞くと、「自分のやってみたいことをやったらどういう結果になるか見てみたいという好奇心」だとのこと。勉強、スポーツ、音楽、仕事、趣味…優等生目指して何でもやってきたが、自分が本当にやりたいことは我慢してきたという思いがある彼女にとって、「やりたいことをやる」というのは、心からわくわくできることだったのだ。
 小さい頃から学校の先生になりたかった。だが塾講師アルバイトの経験から「教師になっても既存のしくみに縛られて、私のやりたいことはできないのでは」という思いがあったという。
 そんな彼女の今の夢は「保育園をつくること」。子ども1人ひとりが大切にされて、「僕もすごい! 私もステキ! 」と自分に自信を持てる保育がしたい、小学校に進学後も通える子どもの居場所をつくりたい、老人ホームや安心して食事のできるレストランも併設したい、と夢は広がる。
 まずはできることからと、今は妊婦さんや、子ども連れのママ・パパ向けに「おしゃべりサロン」や「育児生活講座」なども開催している。
 どこかに所属して他人に責任を負わせてしまうより「全部自分で責任がとれる方が気が楽です」という紀乃さん。「頑張って! 頼りにしているよ」と応援してくれる家族にも、自分にも、そして地域の子ども達、ママ達にも心地よい時間をつくり上げていくのだろう。



vol.13.2009.06.20発行

心理学を使って、気持ちが楽になる方法を伝えたい

SCORTE(エスコルト) 代表 心理カウンセラー
城取 恵さん

20代の頃は外資系会社勤務。30歳のとき、日本総合カウンセラー養成学院にて、アートセラピスト、コミュニケーションファシリテーター、心理カウンセラー実践を学び、NPO法人日本カウンセリング普及協会の認定資格を取得。その後、カウンセリングルームの登録カウンセラーとして働く。20085月、SCORTE(エスコルト)設立。エニアグラムアドバイザー1級資格取得。小学6年、4年の2人娘の母。八王子市鹿島在住。

http://www.scorte.net

 
 城取さんの取材ため、私達が初めて訪れた「ビジネススクエア多摩」()。そのミニブースの一画で、彼女は主にメンタル系サイト運営の仕事をしている。ここを多摩の拠点として活用しながら、週の45日は表参道にあるカウンセリングルームSCORTE(エスコルト)で心理カウンセラーとしてカウンセリングもしている。セミナー講師やファシリテーターなどもしていると聞いていたので、弁の立つ、饒舌(じょうぜつ)な女性をイメージしていたら、意外にも取材時はとても緊張したご様子。ゆっくりと言葉を選びながら、ご自身のことを話してくださった。

自称「心理学オタク」。心理学は一生勉強、でもその勉強が楽しい、のだそうだ。だからこそ、30代で非常に難しい心理カウンセラーの認定資格を取得し、カウンセラーとして仕事をすることができるのだろう。ご自身も高校生の頃からカウンセリングを受け、自分のことを安心して話せるカウンセラーを探していたとのこと。もともと「心」に興味があり、心理学関係の本ばかり読んでいた。「心」は何をするにもついて回る。つらい目にあっても「心」が健康であれば、楽しく生活できるのではないか、と考えていたという。
 35歳でカウンセラー仲間とともに、エスコルトを設立。当初から拠点は都心だったが、子育てをしながら仕事をする城取さんは、地元に拠点を持ちたかった。ビジネススクエア多摩で仕事をすることは「自宅と近くて楽。いろいろな会社が集っていて、創業間もない人同士の仲間意識もあり、安心感がある」。現在、多摩地域でも、出張カウンセリングや親子を対象としたアートセラピーセミナーなどを行っている。

()ビジネススクエア多摩とは?
多摩市が創業支援等を目的として東永山複合施設(旧東永山小学校)内に設けている施設。

最近、娘の小学校のクラスにトラブルがあることが気にかかり、娘と友達8人に話をする機会を持った。話をする前に友達の親に了解をとり、当日はプリントも配った。話の内容は、怒りのコントロールについて。自分自身が怒る時の隠された本当の感情や、相手に怒られた時の考え方や対処法を子ども自身が理解できるように具体的に説明。自分の周りで実際にあった出来事の本当の意味(自分の親がどうして怒っていたのか? 隠された本当の親の感情など)を考えてもらうことができた。後でプリントを見た母親から「コミュニケーション講座」を開催して欲しいという依頼もされたという。今、仕事を度外視して、多摩地域で子ども向けに感情のコントロールについて話をしたいと、地元の学童保育所などに企画を持ちかけている。「心理的作用で気持ちが楽になれることを大人にも子どもにも伝えたい。カウンセリングを受けたことがないという人が多いが、もっと気軽に話したり、相談したりして、カウンセラーや心理学を利用して欲しい。」と語る。
  最後に心理学を利用したカードゲームをしてもらった。解説する城取さんも楽しそうだ。エスコルトを株式会社にする、という夢もあるという。心理学やカウンセリングがもっと身近なものになるためにも、城取さんの多摩での活動を応援したい。


vol.12 2009.03.20発行

仕事と子育て 独自のペースで進行中

日本インターネット新聞社 取締役
山本 千晶さん

東京農工大学大学院 共生持続社会学科卒業後、青少年の教育に携わる社団法人に就職。ボランティア先の環境NGOの知人から「市民メディアの会社を立ち上げるから手伝わないか」と誘われ、見学に行った会社設立会議で、乞われて社員に。現在、一時保育を限度日数まで利用しての週3日勤務。1歳半の息子、夫とともに横浜市在住。

 「インターネット新聞JANJAN」(日本インターネット新聞社。以下、JANJAN)は、プロのジャーナリストの記事だけでなく、「市民記者」が市民の視点で発信する暮らしのニュースを掲載しているのが特長。職場は時間に追われるメディアの現場、仕事と育児に加えてボランティア活動もしていると聞いて、超多忙な方?と勝手にイメージが膨らんだ。だが、お子さん連れで現れた山本さんは物腰の柔らかな若いママ。「子育てが楽しい。できるだけ子どもは自分で育てたい」――力強い言葉から、軸足は子育てのようだ。

JANJANへの入社時には事務職であったはずの山本さんだが、人手不足で記事も書くことに。ジャーナリズムやメディアを知り尽くした社長が設立した会社には、次第に各界の錚々たる顔ぶれが関わるようになってきた。折に触れ身近で話を聞くことも多く、「物の見方、社会を見る目」が育まれていったという。そして、世の中の状況に通じた個性の強い記事が多い中、市民目線で「普通の事」を書く貴重な存在になっていった。現在の主な職務は、広報や人事といった社内業務に加え、記事の執筆等で活躍する約700人の市民記者をモチベートすること。同時に、記者や編集者でもある。
 結婚・出産を経て、息子が7ヶ月で離乳したのを機に仕事へ復帰。山本さんが週3日、夫が週2日勤務、勤務しない日は育児をするというスタイルで保育所には預けなかった。環境NGO活動をしている夫の仕事が一般企業よりは育児休暇を取りやすかったことと、夫自身が仕事も育児もお互いイーブンという考え方で、育児に積極的な人柄だったことが大きい。
 

インターネット新聞JANJAN
「市民の、市民による、市民のためのメディア」として、市民の視点に立った良質な言論を創り上げるために、生活や仕事、ボランティア活動の現場からのニュースをインターネットで配信している。
市民記者制度があり、登録数は約7,100人。
http://www.news.janjan.jp/

変則的な育児休暇をとりながら、生活と仕事を切り離さず、親のありのままの様子を見せたいと、さまざまな場面に子どもを連れて行っている。3日間の国際会議に子連れで参加し、中国の参加者から、保育所に預ける費用がないのかと気の毒がられたというエピソードも。しかし、夫がフルタイムに戻るため、保育所の入所を決意。「安心して預けられる」と納得できる保育所を探し出し、いまの街に引越した。昨年末から一時保育を利用している。
 「不況の時期でもあるし、働けと言ってくれる場所があることは有り難い。まだ、定時前に退社させてもらうので心苦しいですけど・・・」。そんな彼女に、嬉しい事って何ですか?と尋ねると、「子どもの成長を発見したり、見守っていられること」と笑った。子育てと仕事の間を揺れながら、4月からはフルタイム勤務になる。
「仕事を持ちつつ子育てをするというのは私の望むところではあるけれど、どういう形だったら良いのか、まだこれといった姿が思い描けないでいる。」(山本さんのブログより)と書かれた言葉。多くの母たちが迷ってきた道でもあるが、悩みながらもひらりと、山本さんらしく飛び越えていく気がする。


vol.11 2008.12.20発行

「映画をつくりたい」という想いをNPOで実現!

ドキュメンタリー映画「bloom」プロデューサー
塚田 幸恵 さん


山形大学教育学部(美術)卒。‘夢のあるフリーター’として、ミニシアターでのアルバイトや産休代理教員など様々な職を経験する。結婚、出産後、「NPO法人子育てコンビニ」と出会い、現在は映画製作&ふれあい上映会プロジェクト担当として活躍中。4歳の息子、夫とともに三鷹市在住。

大きな目をくりくりさせて、映画製作の苦労や喜びを話す塚田さんは、映画製作発案当時は1歳の息子を抱えた専業主婦。その彼女がプロデューサーのひとりとなり、子育て支援をメインに活動するNPO法人で映画製作を実現させた。内容は「出産したばかりの女性の本音を集めたドキュメンタリー」だという。これは観なくては!と、私たちは20081月に開催された完成披露上映会に飛んで出かけた。そしてぜひ「bloom」をみんなで観たいと、シーズネットワークも上映会の開催に動き出したのである。

平日は息子を市の子育て広場などで遊ばせながら過ごしていた塚田さんが、「NPO法人子育てコンビニ」※の集まりに出入りしはじめたのは、子どもを介さない「つながり」や「自分の居場所」が欲しかったからだ。200512月、あるお茶会の場で子育てコンビニ代表理事小林さんの「どんなことがやってみたい?」の問いかけに、塚田さんは「映画を作りたい!」と答える。小林さんの「やってみたら!」という反応を、好感触と受け止め、「ここでなら作れるかも」と思ったという彼女。自身はミニシアターで働いた経験から、自主制作映画が身近であり、「仲間がいれば映画を撮りたいな」と常々思っていた。実は、小林さんは内心「とんでもない話だな~」と思っていたそうだ。

  映画完成までの2年間の苦労や悩みは少なくない。落選を重ねた助成金申請書の作成、撮影を依頼したプロの映画監督との試行錯誤、週末家で留守番となる夫や息子との葛藤…。子育てコンビニの映画プロジェクトメンバー、監督、夫、息子、いずれもぶつかりあいを乗り越えるための意思疎通が一番の苦労だったという。一生懸命話し合い、その結果、企画や映画は確実に良いものになり、納得できる出来上がりになった。家族にも映画作りの苦労や熱意をわかってもらった。「もめないと先に進めない」という状況の中で、結果的に彼女の想いを「受け止めてくれて、今、継続している人間関係がある。人とのコミュニケーションに前向きな自分になれたことが財産」と微笑んだ。

bloom」完成から1年、全国各地で約30回もの上映会が催されている。「映画づくりは‘出産’のようだった」と言う塚田さんの今の願いは、「bloom」上映会をさらに広げていくこと。「『どんな映画か』とよく聞かれるが、観客ひとりひとりが自分の中の想いと重なり合わせることによって完成する映画。まずは観てほしい」と語る。「実は『父親編』を作るという野望もあるんですよ」とニヤリ。やりたいことを持っているひとはキラキラしていると実感したインタビューだった。

※NPO法人 子育てコンビニ
孤独な育児からの解放、育児を楽しめる環境づくりを目指して、育児サークルの交流促進、子育て中の主婦の社会参画促進、育児情報の提供などの活動を、三鷹市を中心に展開
http://www.kosodate.or.jp


vol.10 2008.09.20発行

女性ならではの働き方を応援していきたい

合資会社トゥインクルワン代表
プロジェクトコーディネーター
小山田 佳代さん

桐朋学園短大 芸術科演劇専攻卒業後、キャンペーンガール、MC、イベントディレクター等の職を経て、結婚・出産のため休職。子育て専念中に入会した女性ネットワークの活動経験から、その後、子育てと女性をテーマに様々なプロジェクトを企画実施。現在は、ココハピプロジェクト、学芸大学こども未来プロジェクト研究員、地元児童館の地域コーディネーター、子ども音楽イベント等で活躍中。中3娘のママ。小金井市在住。http://blog.livedoor.jp/twinkle1/

 小山田さんは、子育てと女性をテーマにしたプロジェクトを実施する合資会社トゥインクルワンの代表として、小金井市を拠点に子育て中の女性や子どもを対象に様々な活動を行っている。第一印象は美人でちょっと近寄りがたい感じだが、話をすると温かくて気さくな人柄が伝わってくる。

 今一番力を注いでいるのは、子育て応援フリーマガジン「ココハピ」(写真)の制作だ。会員登録していたNPO法人カッセKOGANEI(小金井市民起業サポートセンター)が主婦が無理なく社会参加できる仕組み作りを目的として開始した冊子発行事業を、今年度から引き継ぎ、独自事業「ココハピプロジェクト」として立ち上げた。“捨てられないフリーペーパー”を合言葉に、それぞれに2歳~中学生の子どもを育てている主婦8名が企画・取材・編集を担当している。

 冊子発行に必要な経費は地元企業から広告を集め、メンバーには“有償ボランティア”として働いてもらう。市民活動と仕事の良いところどりだが経営は苦しい。しかし、“有償”にこだわるのは、仕事として責任をもってやりとげる充実感を感じて欲しいから。家事や育児とは違う社会との関わりを持って欲しいと願っているからだ。「取材先で出会う皆さんの活動が勉強になり励みになる。1号発行するごとにネットワークが広がっていることを実感できる」と笑う小山田さん。広がったネットワークは「第3回ココハピcaféスタ」(1127日開催)のイベントやwebサイト「ココハピ」など、次につながっている。

「ココ=自分のまちで」「ハピ=ハッピーに暮らす」をテーマにむさしの地域に暮らす“子育て世代”を応援するフリーマガジン。2006年秋創刊。発行部数10,000部(年4回)。三鷹、小金井、国分寺を中心に子育てサークルや親子が利用する公共施設等に直接配本している。

  小山田さんの様々な活動の根幹には、娘が1歳の時に入会した子育てサークルで経験した、子育て中の女性同士の信頼感と子育てを楽しむイベントを実現した達成感がある。お互いが子育て中だからこそ集った、様々な経歴の女性達との出会いがなければ「ふつうに子どもを保育園に預けて前職にもどったと思う」。

 女性が子育てしながらフルタイムで働き続ける事は難しいと感じている。「だからこそ、女性ならではの働き方を応援していきたい」。例えば好きなことを『仕事』にするための支援や家庭とのバランスのとれた働き方などを、これまでの経験とネットワークをもとに「女性のキャリア支援」として展開できればと考えている。そして、子育てしている専業主婦の女性達に向けて、「社会との接点を持つ事や何かを責任をもってやりとげる事は、子育てにも良い影響がある」と信じて、女性が成長していく場の提供もしたいと力強く語ってくれた。実はシーズとは2000年からのお付き合い。女性の社会参画支援への“思い”は私達と共通している部分も多い。今回の取材を終えて、今後も互いに切磋琢磨していく存在でありたいと感じた。 


vol.9 2008.06.20発行

あなたの「もっとこうなりたい」を応援します

プロフェッショナルコーチ
歌田なぎさ さん

山口県出身。九州の大学で教育学を学び、卒業後も九州で就職。転勤で上京し、結婚、出産を経て、現在2度目の育児休業中。正社員として働きながらコーチングを学び、現在は(財)生涯学習開発財団認定プロフェッショナルコーチとしても活動中。小学校教諭、幼稚園教諭の資格ももつ。8歳、0歳の2児のママ。多摩市在住。

 

 0歳の我が子をスリングに入れ、地域の子育てひろばや親子向けイベントに積極的に参加し、子育て期を楽しんでいる歌田さん。でもただ楽しんでいるだけではない。シーズネットワークが主催する子育てひろばで、「私、母親向けのコーチング講座をやりたいんです」と話しかけてくれたことから、シーズネットワークBeans(ビーンズ)プロジェクトへの参加、自らが講師を務める母親向けのコミュニケーション講座の企画へとつながった。その前向きさ、積極性は「育児期間の充実」を目標にした自らも受けているコーチングの成果なのだそうだ。<「コーチング」って何?と思った方は2面を見てね>

 あるセミナーで「コーチング」に出会い、自分が会社の仕事の中で無意識のうちにやっていたことがコーチングのスタンスだったことに気づく。系統立てて学べば、人の成長を促しながら、もっと人を活かしたマネージメントができる、と思い、2004年からコーチングを学び始める。プロフェッショナルコーチの資格をとり、コーチを養成するプログラムの試験にも合格。現在は、電話を使ったグループコーチング(20人を相手に電話で話す!)をしたり、講座の講師としても活躍している。電話を使って行うことができるコーチングは、子どもを寝かしつけた夜10時頃から始まることが多い。子育ての時間と自分の時間を上手に使い分け、生き生きと楽しみながら毎日を過ごす。

 コーチングは自分の子育てにも生かされているという。わが子に「どうしたいのか」を聞き、基本的に本人の意思を尊重する。「甘やかし」にならないようにするには母親自身の中の「軸」をはっきりさせておくこと。「どんな子どもになってほしいか、子どもの10年後、20年後を考えながら子育てしている」「そうはいっても悩み、迷うこともあるんですよ~。いつも自問自答しています」とニコニコと笑う歌田さん。しっかりしているが、完璧すぎない人間的なバランスが絶妙だ。こんなにコミュニケーションの上手な女性が会社の同僚だったり、上司だったり、家族、友達だったら、周囲はとっても楽だろうな、と思う。

 「コーチングはすごくおもしろい」と歌田さんは言う。人は話すことで、新たなことに気づき、本来もっている力を発揮しはじめる。自分が関わった相手の「こうなりたい」という目標が実現した、話して行動したことで人生が願う方向に進みはじめている、という報告を聞くのはとても嬉しい。どんなに忙しくてもコーチングの活動はまったく苦にならないのだそうだ。人の幸せをサポートする活動が趣味でありライフワークである歌田さんは、幸せな人だと思う。


vol.8 2008.03.10発行

素敵な親子の時間を提案します!

MILK・IDS-みるきっず-   sacchyさん  hiroさん

sacchyさん(写真左)
東京都出身。ツアーコンダクターとして年200日以上を海外で過ごす生活を10年続ける。現在は休職中。チャイルドボディセラピストの資格をもつ。多摩市在住。

hiroさん(写真右)
東京都出身。通信業の会社に14年勤め、あらゆる職種を経験。幼稚園教諭資格をもつ。多摩市在住。

2007年8月、ニコニコママさん応援団サークル
MILK・IDS-みるきっず-」を一緒に立ち上げる。

 

みるきっずが主催したイベントのひとつ『おもちゃのサロン』。0歳から1歳になりたての赤ちゃんとママが19組集まり、講師からおもちゃの話を聞いたり、実際におもちゃを手にとって遊んだり。お菓子とお茶が供されるころには、ママ同士のおしゃべりにも花が咲き・・・。みるきっずのイベントは、他にもスリング講習会やリトミック、ヨガレッスン、ベビーマッサージ、骨盤リメイクエクササイズ、乳幼児のおやつづくり等…、どれも赤ちゃんと一緒に参加できる。そのバラエティ豊かなイベントの企画と運営を生後11ヵ月の赤ちゃんを抱っこしたママ2人でやっている。

2人の出会いは健康センターでの4ヵ月児健診。hiroさんが「以前お会いしたことありますよね」とsacchyさんに声をかけ、誕生日が1日違いのわが子たちをはさんで、sacchyさんが使っていたスリングのことで話が盛り上がり意気投合。さっそくスリング講習会へ一緒に参加した。「ベビーヨガ」もやってみたいと国立までお出かけ。でも続けるには、ちょっと遠いし、参加費も高い。そこで、ヨガの先生に多摩に来てもらおう、講師料を払うためには参加者を集めなきゃ!、会場を予約するには団体登録しなくちゃ!と、みるきっずを立ち上げることになったのが2007年8月。すぐにホームページを立ち上げ、翌月にはmixiをスタート。半年たった2008年2月現在、mixi登録は約230人、メールで情報を配信するメンバーは約200人。育児休業明けを4月に控えたママ達からの要望もあって、イベント開催日は2月から3月にかけて週2~3回のハイペースだ。

sacchyさんはぱっちりした目をイキイキさせて話す、エネルギッシュな、自称「突っ走るタイプ」。一方、hiroさんも活動的ではあるけれど、微笑みを浮かべながらおだやかに話す様子からすると、実は手綱を握る、さながら野球で言う「ピッチャーとキャッチャーの関係」?と、想像される。

自分達も赤ちゃんを抱えながら、こんなにも頑張れる原動力は参加者からの「楽しかった。ありがとう。また参加するね」と楽しそうに帰っていく姿だという。夢はみるきっずを長く続け、いずれは「親子が楽しくリラクッスして、癒される時間を提供できる」場所をもつこと。お茶を飲んだり、食事したり、その一画でイベントを開催したりできる、おしゃれなカフェのような・・・。

ママたちに親子の時間を楽しんで欲しい、ママ自身の趣味や特技を活かして欲しいというみるきっずの2人の思い。それは私達シーズネットワークが任意サークルとして団体を立ち上げた時の思いとかなり近いものでした。ママ達を応援する元気なママ2人を応援しています。


vol.7 2007.12.20発行

住まい方、暮らし方、もっと自由に。

NPO法人 コレクティブハウジング社
代表理事 狩野三枝さん

愛知県名古屋市生まれ。女性建築家を目指して名古屋工業大学へ進学。卒業後、設計事務所へ勤務。2000年、NPO法人コレクティブハウジング社設立と同時に参加。2006年より代表理事となる。

 

『コレクティブハウジング』-日本ではまだ馴染みの薄い言葉だが、簡単に言うと「独立した住戸以外に設けた共用部分(コモンスペース)を中心に、居住者が自分たちでコミュニティをつくっていく住まい・暮らし」のこと。普通のマンションと同様にプライバシーを確保した住戸の他に、広い広いリビングや本格的な厨房などを共有し、例えば、2~3人の当番が持ち回りで夕食を作って食べるなど、それぞれの心地よい距離感をうまく取りながら共存していく。

  狩野さんが代表を務めるNPOは、こんな住まい方・暮らし方を広めるだけでなく、具体的な賃貸コレクティブハウスの誕生に2件も関わり、マスコミからも注目を浴びている。見ず知らずの人たちが、ゼロからスタートしてこんなコミュニティを作り上げるには、しっかりとしたコーディネーターが必要。それが狩野さんたちなのだ。

  「この人とはちゃんと話ができる」、狩野さんと初めて会って10分も会話するとそう感じるに違いない。私の投げたクセ球やヘロヘロ球を、丁寧にキャッチして、気取りのない直球で慎重に正確に投げ返してくれる。こんな狩野さんの巧みなコーディネートで、居住者の人たちは話し合いを重ねながら、知らず知らずのうちにコミュニケーションの術を身につけていくのだろう。ハウスづくりの間、居住希望者同士の話し合いには時間をかけ、勿論、途中で止める人もいる。住み始めてから自分の生活スタイルと合わなくなって引っ越す人もいる。でも、それはそれで今までの過程に満足した上で、次の住まい方・暮らし方を探しに旅立っていくということなのだろう。そんな「賃貸」ならではの身軽さもメリットのひとつなのである。

  狩野さん自身は、小学生の頃、学校から帰ると、一人で家にいるよりは、家の前の道に座ってピアニカを吹いたりしている子どもだった。直接誰かと関わり合わなくても、ご近所さんたちの生活の気配を感じながら「柔らかく守られている」居心地の良い時間。そんな記憶が自分をコレクティブハウジングに引き付けたのかもしれない-と思っている。「子育て期の方たちにこそ、もっと住まい方・暮らし方に興味やこだわりを持ってほしい」と狩野さん。どんな住環境で育つかということが、人間形成の過程に大きな影響を及ぼすことは言わずもがな。血縁で結びつく家族ではない、ゆるやかで暖かい人間関係の中で、子どもを育てるということも考えてみてはどうだろう。

  現在、なんとこの多摩市で『(仮称)コレクティブハウス聖蹟』プロジェクトが進行中で、一緒につくっていく居住希望の参加者を募集中!狩野さんの温かい思いを受け止めた参加者たちが、この多摩に一体どんな『コレクティブハウス』をつくり、育てていくのか、ぜひ注目していきたい。

 

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